SJ編集長エッセイ 004

WANDERLUST

懲りない男

WANDERLUST 004

SJ編集長エッセイ 004

WANDERLUST

懲りない男

うだるような暑さがピークの8月。 初挑戦以来、3ヶ月ぶりに再挑戦してきた2回目のトレランレース。 コース全体の6~7割がダウンヒル(下り坂)ということで、楽勝!と浮かれてエントリーしましたが、正直な話、かつてないほどの地獄でした。 もうトレランレースには参加しないと決めたはずなのに、という懲りない男の話です。 トレランに興味のある人もない人も、調子に乗っているとひどい目にあうぞという、反面教師シリーズとしてどうぞ。

ボクのようなダイエットランナー(そんな呼び名があるかどうかは知らないけれど)にとって、トレランというのはある種の《聖域》的な重みがある。おいそれと踏み込んではいけない、ウルトラハードなスポーツに違いないと。

それが初トレランレースに出て、何とか完走できてしまったおかげか、《聖域》というタガが外れたらしく、懲りずに2度目のトレランレースにエントリーしてしまった。それも前回よりも長い、27kmコースだ。

とはいえ、トレランレースにとって27kmという距離はショートディスタンスの部類に入るらしい。中には50kmや80kmのミドルディスタンス、そして100kmや160kmのロングディスタンスもあって、むしろそっちの長い距離が人気だとか。

だけど、いざ挑戦してみるととんでもないことに。。。

今回の ワンダーラストは、そんなボクの悲惨なトレラン体験記です。これからトレランに挑戦してみようと考えている人にとって参考になると嬉しいなぁ(いや、むしろ、読まない方が良いのかも)。

いざ、会場へ

今回のフィールドは野沢温泉スキー場。冬にはスキーで何度も訪れる場所だ。トレランレースでは比較的短い(らしい)27kmクラス、且つ、スタートが山頂から始まる。つまり日本国内では珍しいダウンヒルレースになる。だけど、「ダウンヒル」と言っても実際のところは下り坂だけではないところが味噌で、一旦山を下った後、19kmあたりから信州三大修験道の一つと言われる強烈な登り坂に挑むことになるのだ。疲れ切った足に強烈な上り坂の組み合わせ。それがどれほど大変なのかは、エントリーした時点では想像できてなかったなぁ(という1つめの反省w)。

レース受付が終わると、スタート地点の山頂までゴンドラに乗って移動開始。ゴンドラはぐんぐんと上昇し、あっという間に綺麗に整備されたスタート地点まで連れて行ってくれた。

だがスタートまでの間はかなり時間が余ったので、ストレッチで体をほぐしつつ本日の注意点について考えてみる。主催者が先ほどからしつこく繰り返すのは、結局のところたった2点のみ。

① 暑いので熱中症にならないように、とにかく水分を頻繁に取ること。
② 後半の登り(階段)が強烈なので、必ず足を残しておくこと。

狭くて急峻な山道のレスキュー作業は難しい。必ず自力で帰ってこれるように、と何度も繰り返される。だが、後半に向けて足を残すペース配分というのが難しい。そもそも、これまでの人生で一番長く走った距離は28km(近所の河川敷)しかない。今思い返してみれば、その時も最後はフラフラになって、ようやく家に辿り着いたような気がする。嫌なことを思い出してしまったなぁ。

先行するスタートグループに向かって、スタートホーンが鳴り始める。

そして、ようやく自分のグループの順番が来た。よーし、楽しむぞ。不安な気持ちを抑え込み、気持ちを切り替えていく。山頂には涼しい風が吹いていて、昨日ほどの暑さ(38度!)はない。コンディションは最高だ。脚が軽快に、森の地形をトレースしていく。

やはり、山の中を走るのは特別だと思う。山そのものが巨大なアスレチックフィールドになったかのようだ。いつものトレッキングでは得られない感覚。同じ山を2つの異なる視点で見られるということが、単純に面白く感じる。

下りのペースが全体的に速い。ペースコントロールの難しさは前走ランナーの存在で、自分より少しだけ遅いランナーに前を走られるとどうしても抜きたくなってしまう。だけど、そのためにはペースアップの必要があって、その前走者を抜くと今度は抜き返されないようにスピードをしばらく維持。すると次の前走者に追いつくという無限ループだったりする。

結局、今回も下りをしっかりと頑張ってしまい、最後はペースを抑えることも忘れて爽快な下りの走りを楽しんでいたw

それと、もう1つ印象的なことがある。下りの上手な選手の足さばきだ。

凸凹だらけのトレイルを軽快に駆け下る様子を後ろから見ていると、アップテンポなジャズのようにリズミカルで無駄のないスムースな足運びに目を奪われてしまうことがある。見ていて本当に気持ちの良い走り。下りの足さばきというのは、トレランの真骨頂かもしれないなぁと思うのだ。

さてさて。そしてレースはいよいよ後半部分、地獄の修験道に突入していく。

芍薬天草湯と甘夏ゼリーのほろ苦トレイル

面白いことに、この登りエリアでは、下りで離されてしまったランナーに追いつくこともある。上りと下り。得意不得意にこれほど差があるのかと思うとちょっと可笑しい。ここが順位挽回のチャンスとばかりに、このゆるい登りで順位をあげていく。

そして、ついに現れた修験坂。

ラスボス感が半端ない。

急峻な登りは首を反らして見上げるほどで、一瞥しただけでゲンナリとしてしまう。ここまでのダメージを溜め込んだ体で、これを登るのかぁ。周りのランナーがゆっくりと登り始めた。だけどボクは先程までの余勢をかりて、ここも順位をあげるチャンスとばかりに前走者に追いついていく。キツい。とんでもなくキツいけど、ここさえ我慢すれば、あとは下りだけだ。踏ん張れ!

と、半分ほど登ったところで、右足に痙攣がきた。脹脛(ふくらはぎ)が激しく攣る。肉離れでもおこしたかのような、強烈な「こむらがえり」だ。たまらず人一人がようやく登れるくらいの狭いトレイルに倒れ込んだ。汗が、冷や汗へと変っていく。

右足を抱え込み倒れたボクの体の上を、後続のランナーが無言で跨ぎ超えて行く。何人かは「大丈夫〜?」「休んだほうが良いよ」と声をかけてくれるが、立ち止まる訳でもなく通り過ぎていった。そりゃそうだ、レース中だもんな、みんなの邪魔をして申し訳ない、と頭では分かっているけど、体を動かせない。

やがて、少し痙攣収まったので左足で右足を庇いながら、10歩ほど前方へ移動。すると今度は左足に強烈な痙攣が始まり、間髪入れずに右足も攣る。両足の激しい痙攣。またもや倒れ込んだ。もうレースどころではない。前回も足は攣ったけど、今回の痛みはその比じゃなかった。10分ほど休んで再出発するが、その先も見上げるような坂道は続き、5歩進むと両脚攣り、10分休んで、また両脚攣り。一向に前に進まない。それどころか、自分でもどこで倒れるか予測不能なので、後続者の邪魔にならないように、下手に動くことさえ出来なくなってしまった。レース前に主催者が、最も避けて欲しいと言ってた状態に、自分が陥ることになるとは。

両足が回復する兆しは見えず、むしろさらに悪化していく。立ち止まって1時間近くたっても、足を地面につけた瞬間にとてつもない痙攣が始まる。その度に「ふぉう!」と意味不明の悲鳴をあげる。マジで恥ずかしいけど、恥ずかしがる余裕すらなかった。

後続ランナーの数も徐々に減ってきて、次第に声をかけてくれたり、心配してくれる方が増えてくる。そんな中でベテラン風の方が話しかけてきてくれた。

―「足が攣ったんですか?漢方持ってます?」

恥ずかしい話だが、救急セットには絆創膏しか入ってなかったボクは、足が攣った際に効くという芍薬甘草湯を分けていただいた。お名前も聞けず、お顔さえも覚えていないけど、本当にありがとうございました。この場を借りてお礼を言わせてください。

でも、さらに問題発生。

長い間倒れていたので、ドリンクを飲み干してしまった。次エイドは何キロも先だし、何よりもこの強烈な坂道はまだ数百メートル以上続いていて、まったく歩けそうにない。汗も止まらないし、喉の渇きも相変わらずだった。うーん、かなりマズイ状態かもしれないと、初めて少し背筋が寒くなった。

だがその時だった。

ふと気がつけば、目の前の苔むした岩の上に「甘夏ゼリー」が置いてあった。

束の間、状況が理解できなかったが、間違いない。さっきまで何もなかった場所に、丁寧にジップロックに詰められた、おいしそうな甘夏ゼリーがある。拾い上げてみると、まだひんやりと冷たかった。

これは人生で初めて体験する《奇跡》というものなのか?

だけどすぐに、もしかするとさっき芍薬甘草湯を分けていただい方のザックから落ちたのかもしれないと思い至る。というよりも、それしか考えられない状況だ。良かった。まだ常識的な判断は失われてないようだ。

できれば後でお返ししようと、自分のザックに仕舞い込む。

だがしかし、だ。

強烈な喉の乾きに冷たい「甘夏ゼリー」。
ここで体を回復させないと、背負われてリタイアという切実な問題もある。

再びザックからゼリーを取り出して、じっと甘夏ゼリーを見つめること数秒。

意を決し、開栓!(さっきの方、ごめんなさい)

正真正銘、地獄に仏。
これほどおいしいゼリーを、生まれて半世紀食べたことがないです。

― きっとあの人は、トレイルランナーの姿をした神様だったのだ。

そう(都合よく)信じて、再び横に倒れて体を労った。

さてさて、その結果。

芍薬天草湯と甘夏ゼリー、そして何よりもトレイルランナーの姿をした神様のおかげで、ボクの両足は嘘のように回復し、再び出発することができた。しかも、制限時間内完走を目指して走ることさえできたのだ。

後日、手元のスマートウォッチに記録された区間タイムを見返すと、ここの2kmを抜けるのに2時間もかかっていた。

本当にいくつもの奇跡が重なったのだと思う。

制限時間にはギリギリだったけれど、悲鳴をあげる両脚を労りつつも走り続けることができて、ようやくゴールした時の感情を伝えられる表現力は、今のボクにはない。

ただ不思議なことに、今回の挑戦には全く悔いがなかった。むしろ痛烈な失敗に、次こそは、という前向きな気持ちにさえなっているのだ。今回走ってみてたくさんの弱点を知ることになった。ペース配分の甘さや、日頃のトレーニング方法の見直し、そしてトレランに必要な知識に関する勉強。そうした数々を克服して、もう少しだけトレランを楽しめるように頑張りたいと素直に思えたのが嬉しい誤算だ。

転んでもただでは起きないぞー、ということだ。

そして、これだけは忘れてはいけない。

次からは芍薬天草湯と甘夏ゼリーを、必ず持っていこう。

いつか、それを必要とする人に分け与えられるように。

しゅう Shuichi Ashikaga

COLUMN