SJ編集長エッセイ 003

WANDERLUST

船長


WANDERLUST 003 船長

SJ編集長エッセイ 003

WANDERLUST

船長


SJ編集長が語る徒然なアウトドア日記(のようなもの)です。 年齢の割にハードな遊びから、まったりとしたアウトドア遊びまで幅広くこなす編集長がお伝えする、(おそらく無理かもしれない)毎週連載コーナー。 あまり期待せずに、寛容な心でお楽しみください。

船長

昨年あたりから、にわかに釣りを楽しむ時間が増えている。

いたるところ釣り場だらけの田舎に住んでいたので、小さい頃の遊びとなるとほぼ釣りばかりだった。子どものくせに、たくさんの釣り場に出かけ、多種多様な魚を釣っては、釣りあげた魚の種類を友人と競うことに夢中になっていた。

その数74種類の魚を数えたところまでは覚えていたが、やがては魚の大きさを競うようになっていく。74種類と言う数字は明確に覚えているけど、本当にそんなにたくさんの種類の魚を小学生レベルで釣っていたのかと思うと、大人の自分でも感心するばかりだ(いまでは何を釣っていたのかその半分も記憶にないけど)。

子どもの頃の思い出が釣りばかりなのは、歳を経るごとに楽しかった記憶しか残らないからだろうか。

やがて高校生になると、興味の中心がオートバイに移り、あれほど夢中だったはずの釣りについてはたまに友人に誘われて行くだけになった。そして、次第に釣り場からは足が遠のいた。

それから随分と時が経ち、東京で会社を立ち上げてようやく人心地つけるようになった頃、ふたたび釣りにいくようになった。東京湾でスズキやシイラなどをターゲットに、懇意にしていた釣り船を予約して月2-3回は海に出るのだ。費用面では安くはない船釣りだが、陸からは釣れない珍しい魚を釣ることができて、本当に楽しい日々だった。

東京湾は、釣りをしない人にとっては想像がつかないほど豊かな海である。呆れるくらいに色々な魚が釣れるだけではなく、(少し沖だけど)鯨などの海洋生物を見ることもできる。一度、4~5メートルはあろうかという巨大な鮫6匹ほどが、小魚の群れを水面でゆったりと捕食していた場面に出会したことがある。あまりの巨大さに、船のエンジンを止めて鮫の群れを眺めることにした。小型船の下を(まさに自分たちの足元だ)巨大な鮫が悠々と泳いでいるのは、さすがに怖かった。

だが、その巨大な鮫を釣ろうとして、さっき釣ったばかりの30cm程度の魚に針をかけて海に放り込む釣り人がいた。さすがに船長も苦笑を浮かべ、「ひきづり落とされるよ」と、その釣り人をたしなめるしかなかった。これが正しく釣り人の性(さが)なのだと思う。船長が彼に注意しなければ、自分も同じことをやっていたかもしれない。

東京湾での釣りに夢中になれたのは、お世話になっていた船長の存在も大きな理由の一つ。とにかく、異常なほどの釣り好き、いや、釣らせ好き。釣り船の船長になるほどだから、釣りが好きなのは当たり前だと思われるかもしれないが、彼の場合はちょっと普通じゃない。通常6~7時間の乗船料金を払って乗るのだけど、別に頼んでもないのに10時間を超えることが常なのだ。ガソリン代を含め、それじゃ儲からないだろうといつも心配していた。一番長いときは、16時間も陸に戻らないことがあった。この時はさすがに、漁師じゃないんだから早く帰らせてくれと文句を言いたかったけど、当たり前のように釣り続ける他の釣り客の手前、そうも言い出せずに我慢するしかない。

そんな風変わりな船長だからか、3名ほどの釣り客はほぼ固定されていて、いつも同じようなメンツで出船することが多かった。

船長と特に親しくしていたメンバーに、まだ少年っぽさの残るA君がいた。ある日、A君が岸から釣りをしていたところ、たまたまその前を釣り船で通りかかった船長から船に乗らないかと声をかけられたと言う。それがきっかけで、ほぼ毎週船に乗るようになったそうだ。正確に言えば客ではないかもしれないが、大した手伝いをすることもなく、他の釣り客と一緒になって釣りを楽しんでいる。その様子を微笑みながら眺める船長。2人はまるで歳の離れた兄弟のように仲が良い。やはりこの船長は不思議だ。

船長とボクたちは、まるで昔からの友人のようにほぼ定期的に会っていたけど、なぜかお互いプライベートは明かさずに、連絡先も聞かない。かろうじて名前を知っているだけ。不思議な船長のもとで、とても奇妙な関係性を保っていたのだ。でも、それが妙に心地よかった。

その船長が、ある日突然失踪した。

携帯も繋がらず、やがては釣り船のホームページもなくなってしまった。あれほど頻繁に一緒に乗船していた他の同乗者の連絡先を知らなかったので、船長の消息を尋ねることもできなかった。まるで大掛かりなマジックのように、それまで2年間過ごした慣習も含め、綺麗さっぱりと船長の痕跡は消え去ってしまった。

もちろん本気で探せば、少しくらいは彼の行方に関する噂は聞けたのだろうが、そこまでして消息を絶った人間を探すことはしなかった。

いずれにせよ、狭い小型船であれほど濃密な時間を過ごした後では、他の釣り船に移る気もおきず、ボクは再び釣りに行かなくなってしまった。

あれからもう10年以上が過ぎた。

別に大きな事件でもなんでもないけど、なんとなく心に引っかかったままのこと。もう思い出すこともなくなっていたが、昨年あたりからまたまた釣りの血が騒ぎだし、ちょこちょこと釣り場に出かけることが多くなってきたせいか、近頃はあの不思議な2年間をよく思い出す。

みんな、今でもたのしく釣りをしてくれていたら良いのだけど。

また逢ってみたいなぁ、あの船長に。

しゅう Shuichi Ashikaga