SIDEWAY
寄り道のススメ

「ポルトガルにて」

SIDEWAY – 寄り道のススメ
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「ポルトガルにて」

スペインに囲まれるように位置する、ヨーロッパ最西端の国ポルトガル。この国で開催された新型モーターサイクルの試乗会に参加した。初めて訪れる土地でのさまざまな経験や人々との出会いは、そのままその国に対するイメージとなる。僕にとって、ポルトガルは素晴らしい印象をもつ国の一つとなった、とある駅でのエピソード。

ー バイクで世界中を旅してきた三上勝久が、これまでの旅を振り返り、現地の食事やカルチャー、そして忘れ難き思い出を語る、SIDEWAY。

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「ポルトガルにて」

あいにくの天気で、海は鉛色で風も強く吹いていたが、無事に目的地であるユーラシア大陸の最西端に立つことができた。ポルトガルの首都リスボンから、電車とバスで2時間ほどの距離である。

 ポルトガルは以前から行ってみたい国だった。日本との貿易の歴史が長い国なのに、「ポルトガルに行ってきた」とはあまり聞かないし、なによりヨーロッパの最西端に位置する国である。ちょっと前にポルトガルが舞台の映画「リスボンに誘われて」を見た際に、その古風な街並みの美しさにひかれていた、というのもある。

 とはいえ、特別熱い思いがあったわけではない。機会があったら一生に一度は行ってみたいな、という程度だ。そんなときに、本当にたまたま、ポルトガルの南部、ラゴスで仕事があった。そこで、仕事のあとに3日間ほどリスボンに滞在することにしたのである。

 リスボンは素晴らしい街だった。幅広いテージョ川を挟んで南北に丘があり、それぞれの丘に古風な街並みが広がっている。北側の市街地の中には、歴史地区となっている飲み屋街、バイロ・アルトがある。石畳の道、坂が続くこのエリアは、「フェド」と言う、ポルトガル伝統の民謡を聞かせるライブバーがルーツとなっているものだそうで、現在ではライブミュージックを聞かせるバーが多く立ち並んでいる。

 小さな店が立ち並ぶ路地を歩くと、開け放たれた店のドアから生演奏や生の歌声が聞こえてくる。店の外で飲み物を持って聞いている客も、通りに溢れている。異国情緒はもちろん、フレンドリーな音楽好きが集まる素敵な街だ。

 さて、リスボンの公共交通機関は、名物となっている路面電車やバス、電車、地下鉄などバリエーションに富んでいて、徒歩での移動にも困らない。交通機関のチケットは券売機で買うことができるし、プリペイドの磁気カードを買って、さまざまな公共交通機関で使用することもできる。

 駅の券売機の前で、どうやって買ったらいいのか説明を読んでいたら、券売機の横に立っていた駅員らしき女の子が、お金はここ、カードはここから出るよと教えてくれた。見ればすぐにわかるので、そんなガイドは要らなかったのだが、親切だな、と思ってお礼を言ったら、50ユーロ払えと要求された。

 よくみたら、その女の子は駅員ではなく、薄汚れた服を着た12,13歳くらいの子供だった。どうやら、券売機の横で観光客を狙ってこうしたタカリをやっているようだ。払っちゃいけないと思ったけれど、薄汚れた格好が哀れで、子供だし、と10ユーロ渡してしまった。彼女はフン、といった感じの表情だったが、僕はそそくさとそのまま立ち去った。残念なような想いが残る出来事だった。

 気を取り直して、リスボン中心部の街並みを歩いて楽しんだ翌日、ロカ岬まで行ってみることにした。グーグルマップで経路を調べると電車とバスで行けるようだ。泊まっていたゲストハウスから駅まで歩き、前日買ったプリペイドカードで駅に入り、調べてあった電車に乗った。

 途中乗り換え、1時間くらい電車に乗り、目的の駅についた。結構遠くまで来た感じで、リスボン中心部の都会感ではなく、緑に包まれた小さな街といった趣だった。

 電車からホームに降りて、改札へと向かう。ヨーロッパの駅としては珍しく、ガラスの大きなドアがプラットホームと外とを隔てている。ヨーロッパの多くの国の駅には改札自体ない駅が多いのだが、この駅では背の高さ以上あるガラスの自動ドアが開かないと出入りできないようになっていた。

 ちょっと不安はあったのだが、プリペイドカードを改札の機械に通してみたら、エラーで戻ってきてしまった。1000円程度しかチャージしていなかったので当然といえば当然なのだが、エラーの理由はわからない。

 プラットホームを見渡しても、日本にあるような乗越精算機もないし、駅員の姿も見えない。事務所らしき場所もない。バー式の改札であれば、違法だけど乗り越えて出ることは不可能ではないが、この駅のドアでは無理である。

 うららかな太陽の光が降り注ぐ駅のプラットホームでどうしようか考えた。とりあえず、ホームの端まで行ってみようと改札とは逆方向に歩いてみると、バルがあった。なかにはカウンターとテーブル席がいくつかある。カウンターで、初老の紳士がエスプレッソを飲んでいた。

 ポルトガル語は喋れないので、伝わるか不安ながら英語で話しかけてみた。すみません、改札から出られないんですけど、とプリペイドカードを手に持って話しかけてみる。

 紳士はエスプレッソのカップを口に運びながら、横目でこちらを見て、ちょっと待って、という感じで指をふる。だめかな、と思った。数分待っただろうか。彼は飲み終えたカップをカウンターに置いて、僕を手招きして改札のほうへと歩いて行った。

 改札で、彼は首から下げていたストラップの先についていたカードを改札機にかざした。すると、自動ドアがスーッと開いた。そして、どうぞ、という手振りで僕に出るように促してくれた。

 お礼を言ったら、大丈夫、という感じでうなずきながら、彼はまたバルの方向へと戻って行った。彼が駅員なのか、単なる客だったのかはわからないけれども、結果、追加の運賃を払うこともなく駅から出られてしまった。彼が言葉を発することは一度もなかったのが印象的だった。

 駅の入り口には花壇があって、色鮮やかなパンジーがいっぱい咲いていた。そして、春のうららかな陽射しが街並みを照らしていた。

 なんでもないようなことだけれど、僕はポルトガルという国が大好きになった。券売機の事件を差し置いても、いい人に出会えてよかったな、と思ったのだ。

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