Mikami's Report 005

California Story

第3話

Mikami’s Report 005-3

California Story 第3話

Mikami’s Report 005

California Story

第3話

驚きの眺め

 モロ・ベイからサン・シミオンの先までは左に海、右に穏やかな牧場を眺めながらのクルーズだ。サンタモニカからずっと、この1号線にはじつに自転車が多い。ロードバイクでトレーニングしている感じの人もいれば、自転車用トレーラーを引いている旅人も多く見かける。

 1号線はずっと切れ間なく続いているわけではなく、時々101号線になったり、あるいは通行止め区間があったりする。1号線が101号線になっている区間の見た目は完全に自動車専用道なのだが、その路側帯を自転車が走っているのは、日本なら不思議な光景だ。でも、道がそれしかないのだから仕方ないのだろう。

 輝く海を眺めながら走っていたら、お祭りでもあるのかな? ってくらい多くのクルマが止まり、人だかりの出来ている駐車場があった。なんだろう? 一度は通り過ぎたが、気になって戻ってみた。

 駐車場の脇に立っている看板を見てみると「エレファント・シール」と書いてある。どうやら、アザラシがいる場所のようだ。GSを駐めて、カメラをもって遊歩道を歩き出す。

 遊歩道と砂浜の間は鉄製のフェンスで隔てられていて、多くの人々がフェンスにかぶりつきで砂浜を見ている。アザラシがいるのかな? と僕も思い、フェンスに近づいて見ると、確かに岩場に2、3頭のアザラシらしき動物がプカプカと浮かんでいた。背中しか見えないが。

 こんなものか。そりゃそうだよな、と思いつつ、もっと多くの人が見ている砂浜のほうへ歩く。でも、みんなが見ているのは単なる砂浜だった……と思ったら、これが大間違い! 砂をかぶって同色になっているので遠くからだとわかりにくかったのだが、砂浜をを埋め尽くすほど、数多くのアザラシが寝ていたのだ。ええ! ってほど。母親の乳を求めて体の下に潜り込もうとしている赤ちゃんから、時々立ち上がって咆哮する巨大なアザラシまで……寝ているアザラシは、時々砂を前びれでかき上げて自分にかけている。

 動物園で見るのと全然違う! これだけ道が近いのに、野生のアザラシがこれだけ集まるとは。カリフォルニアは自然と都会が近いなあと思っていたが、それをあらためて目の当たりにした気がした。

なんなんだろう!

 そのすぐ先のラグド・ポイントあたりから、道は曲がりくねりながら、急激に標高を上げていく。ワインディングだ。こういうところは、ダートに並び、GSの良さがもっとも楽しめる場所だ。カーブを楽しみながら坂を登りきったところで後ろを見ると、はるか先、おそらくモロ・ベイまで見えるんじゃないかってくらい壮大な眺めが広がっていた。

 背の高い広葉樹や針葉樹も増えてきた。これまでは植物と言えばサボテンと椰子といった感じだったが、樹木と呼べるような木々が増えてくる。そのなかを、イエローのセンターラインが引かれたアイボリーの道がずっと続いている。ガードレールのない場所も多いので、海は本当にすぐそこに見える。美しい!

 道は曲がりながら上って、また下りる。そのたびに海が近づきまた離れていく。高く、海に突き出した岬のような場所からの眺めは圧巻だ。北のほうには、霧の塊が海から陸を呑み込もうとしている壮大な風景が見える。

 日本の自然も素晴らしいが、なんなんだろう、これは! 人口密度の違い? 大陸性気候と亜熱帯気候の違い? 理由はわからないが、とにかく美しい。空気は乾いている。

 こんな道をGSで走るのは、まさに人生で最高の一瞬だ。パワーもトルクも有り余るほどある。ゆったりと、ときにアグレッシブに。トップクラスのトレイルランナーが山を駆けるように、僕はカリフォルニアのワインディングを駆け抜けて行く。

世界最大の樹木、シャーマン将軍の木があるセコイア国立公園にて。
樹齢3000 年に迫る巨木が林立する世界に圧倒される

急転直下

 メーターに、ふっと灯りが点った。同時にトリップメーターの表示が「RANGE」に変わる。しまった、結局モロ・ベイを出てからガソリンスタンドが1軒もなかったので、ガスを補給できていなかった。

 GSのガソリン警告灯がつくタイミングは、おおよそ残りの走行可能距離が40マイル(約64㎞)になったときだ。ちょっと不安になったが、まあアフリカでもなし、その距離の間にはガソリンスタンドもあるだろう。

 しかし万が一のことを考え、ナビで最も近くのガソリンスタンドを検索してみた。シェブロンがこの先にあるようで、距離は35マイルとある。ギリギリだけど、省エネで走って行けば間に合う。そのスタンドを目的にして、走りをクルージングに切り替えた。

 ところが、走り出したらナビの表示が変わった。50マイル先を右、と出ている。んんん? 35マイルじゃなかったっけ? とちょっと混乱した頭で考える。そこで気づいた。35マイルは、あくまで「直線距離」なのだ。「道のり」だと、なんと55マイルもあるじゃないか! 途端に不安になってきた。走行可能距離が12マイル足りない。省エネ走行で、それだけ稼げるだろうか……と不安が高まってきた時、古そうだが稼働してそうな給油機のある、美しいカフェが見えてきた。ああ、心配することなかった。きちんとしたスタンドじゃないから、情報がナビに入ってなかったのだ。

 人里離れた場所にあるスタンドだけあって、価格は高い。街中ならだいたい1ガロン3・4〜3・8ドルくらいだが、なんと4・9ドルもする。だが仕方ない、ガス欠するよりずっといい。 アメリカのスタンドの給油機では、日本のカードが使えないことが多い。聞いた話だと、日本のカードとアメリカのカードで磁気ストライプの幅が異なることが理由だと言うが、やはりここでも使えなかった。

 仕方ないので、隣接したカフェのカウンターに支払に行く。GSの場合、20ドル渡せば満タンになる。金額分入らなかった場合は、またレジにいってお釣りをもらう……というのが、アメリカのスタンドでのシステムだ。

 ところが、このスタンドでは現金を取り扱っていないとウエイターのお姉さんが言う。え、と思ったが、まあこうしてこの道沿いにスタンドがあることはわかったので、次で入れればいい。次のスタンドはきっとカードが使えるか、あるいは現金で入れさせてくれるだろう。

焦り

 「RANGE」(残り走行可能距離)がついに10マイルを切った。つまり、あと16㎞しか走れない。
 さっきのスタンドから40㎞以上走っているが、まだ「次のスタンド」は現れなかった。相変わらず素晴らしい眺望のワインディングが続くが、上りではパーシャル、下りではクラッチを握って惰性走行。抜いた覚えのあるクルマにバンバン抜かれていく。

 眼下に雲海が広がっている場所もあった。さっき見えた霧が雲になり、海面の上に浮かんでいる。走っているうちにその雲が厚くなり、一面真っ白な世界となった。だが、レインウエアを着るまでもなく、峠をいくつか越える間に雲の中を抜け出た。

 9マイル。8マイル。走行可能距離を示す数字がどんどん減っていく。ナビに出るガソリンスタンドまでの距離は、まだ20マイル近い。これじゃとうてい、もたない。

 どうしよう? ガソリンを譲ってくれる人はいないだろうか。メキシコじゃないし、いないよなあ。だいたい家ないし。さっきのスタンドで、店内でカードで払えばよかったんじゃないか。でも、戻るにはもう遠すぎる。

 後悔と不安に苛まれていると、右側にカフェが見えた。もっと近くにガソリンスタンドがないか聞いてみようと思い、GSを駐めた。ちょうど、駐車場に止まっていた車に初老の男性が戻ってきたところだった。挨拶して、いちばん近いスタンドはどこにあるか聞くと、3マイル先にあると言う。ほっとして、肩の力が抜けた。

サンフランシスコ圏へ

 実際には5マイル先だったが、ようやくガソリンを入れることができた。トリップメーターにはあと6マイルと出ていたから、本当の本当にギリギリだったことになる。

 ガソリンスタンドの横の、小高い森の中にカフェのようなレストランがあった。中に入るとバーカウンターがあり、ショウケースの中にはデニッシュやマフィンが並べられている。どれも大きい。アメリカのこの手の甘いお菓子はだいたいが甘すぎてとても全部は食べられないので、最も小さいチョコレートマフィンを選び、エスプレッソを入れてもらって店を出た。

 スタンドの横の壁にもたれかかり、アーモンドが細かく刻まれたトッピングのマフィンをかじると……これが……旨いのだ。素晴らしく、旨い! かけらがハラハラと口にこぼれ落ち、優しく溶けていく。ええっ、と驚くくらいだった。そしてまた、エスプレッソに凄くよく、合う。夢中になって食べてしまった。

 あとで調べてみたら、大陸の反対側のニュージャージー、そしてロサンゼルスから移住してきたスタッフがスローフードと環境にこだわりを持って経営している店なのだと知った。オリジナルレシピのクックブックも出しているほどで、なるほど雰囲気も味もよかったわけだ。店の名前は、ビッグサー・ベーカリー&レストランだ。

 道はそのあとモントレーに近づくが、進むに従って街や道並みはだんだんとヨーロッパライクになっていった。ロサンゼルス的なコンクリートの家は減り、木やレンガを使ったクラシカルな美しい家が増えていく。自然がサボテンと砂漠から、樹木と森に変わっていくように、人々の暮らしも変わっていくのが面白い。

モントレー

 今回の旅では、数年前から話題になっているインターネットサービス、AirBnB(エアビーアンドビー)を試してみたいと思っていた。これは、個人が空き部屋や空家を宿として提供しているものだ。専用のiPhoneアプリで、地図や条件をもとに検索することができる。

 試しに近くを検索してみたら、モントレー界隈だけで数え切れないほど部屋が出る。価格は20ドルから1000ドル以上までと様々だが、その中からバイクを駐められそうな手ごろな価格の宿を数件選び、「予約」してみた。予約するにはパスポートの写真を送ったり、カードを登録したりと、結構な手間がかかる。もっとも最初の1回だけらしいが。物件の「ハウスルール」も英文なので、読んで理解するのに結構時間がかかる。

 予約はリクエストに過ぎないようなので、返事が来るのはいつになるかわからない。なので走り出したのだが、30分ほど走ったところで確認したら、残念ながら「予約が遅すぎる、今日は忙しい」と断られてしまった。

 数日前か、最低でも前日には予約しないとダメみたいだ。そりゃそうだよなあ、専業の商売じゃないんだし……。全部が全部そうではないのかもしれないが、走れるところまで行って宿を探す……という目的にはちょっと合っていない感じがした。価格もモーテルに比べてたいして安いわけでもない。だが、いつか使ってみたいと思う。

 この日は結局、デイズ・インというモーテルに泊まることにした。モントレーに着いたのは午後8時前だったが、もう真っ暗だった。道に迷いながらなんとかチェックイン、パニアケースを下ろして、近場の評判のいいレストランをトリップアドバイザーで検索。カーメル・バイ・ザ・シーに安くて美味しい中華があるようなので、そこに向かった。

(第4話に続く)

COLUMN