幻の鳥ケツァールを求め、中米コスタリカへ【前編】

幻の鳥ケツァールを求め、中米コスタリカへ【前編】

幻の鳥ケツァールを求め、中米コスタリカへ【前編】

幻の山、幻の生物など、旅人はさまざまな幻をもとめるが、この話の主役は“鳥”。中米にのみ生息する世界一美しいと称される鳥、ケツァール。その姿を瞼に焼きつけるべくスタッフ・たむが立ち寄ったのはコスタリカ共和国。ところが、情報源と期待した街は混沌の様相。はたして幻の鳥へとたどり着くことはできるのだろうか。

ようやく到着した。

どうやらここは、コスタリカの首都サン・ホセに位置するフアン・サンタマリーア国際空港らしい。数日前、キューバの国営航空会社であるクバーナ航空でコスタリカへのチケットを買い、ここへ辿り着いた。

コスタリカに来た目的は、世界一美しいと称されるケツァールを見るためだ。

ここに滞在できる日数は非常に短い。メキシコから日本へのチケットはすでに買ってしまったので、逆算するとコスタリカには3日間しか滞在できない。居心地が良くて、キューバのハバナについつい長居してしまったからだ。

今回の旅は、2週間強で中米3か国をめぐるもの。キューバからコスタリカ、そしてメキシコという流れである。日本の出発便と帰国便は買っておき、あとは気分で行き先や宿を決める。文字通り、自由気ままな旅である。

ただ、中米は想像以上にタフであった。

まず言語の壁が立ちはだかる。自慢ではないが、私はスペイン語がまるで分からない。オラ、グラシアス、セニョリータ、セニョーラ・・・知っている単語を上げてみたが、ご覧のとおりこの程度である。ゆえに、コスタリカに来るのも一筋縄ではいかなかった。到着したと思ったら、なぜかエルサルバドルという未知の国に着地していた。あれほど直行便が良いと窓口のキューバ人女性に主張したのにも関わらず、手にした航空券はエルサルバドル経由になっていたのだ。

空港の入国ゲートをくぐった後は閑散とした空間が広がる。辺りを見渡す限り椅子もないので、地べたに座り、これからどうするかを考えることにした。

ありがたいことに空港内は無料でwifiが使えるため、ひとまず市街地に行く方法を調べる。中南米の中では治安が比較的良いとされるコスタリカだが、さすがにベルギーのように野宿は厳しいだろう。ひとまず、市街地に向かって今日の宿を確保せねば。

市街地までの行き方は、思ったよりも簡単そうであった。市街地と空港を往復するバスが通っているようだ。バスの本数も充実しており、少し待つと大型の観光用風のバスが現れる。

座席はしっかりとした作りで、キューバとは比べものにならないほど快適だ。コンクリートでしっかり整備された道路を、スピードを出してスムーズに走っていく。

視界には広告看板が溢れ、現代的な乗用車やトラック、バスたちが無機質に走る。日本のどこかにもありそうな近代的な風景である。1950年代のアメリカン・クラッシックカーが走る国から、別の国に来たことがすぐに分かる。

ふと目に入った車内の時計に違和感を抱く。自分の腕時計と1時間ずれている。さすがは中南米だ。バス内の時刻がずれていたところで、別に誰も気にしないのであろう。しかし念のため、通路を挟んだ席に座っている男性の腕時計に、目を凝らしてみる。

そうか。コスタリカとキューバには時差があるのか・・・。

中南米は何事も時間通りに進まないことが基本だが、バスは意外と順調に進む。日本での生活に慣れているとそれが当たり前に感じてしまうが、ここでは、時間という概念が圧倒的に欠如している。

多くの海外では往々にして時間にルーズな印象があるが、ここでは、時間という概念を軽やかに無視して刹那的に生きている人が多いように思う。

道中で出会った人が教えてくれたエピソードで、飛行機が定刻よりも早く離陸してしまって搭乗できなかったという話は衝撃的であった。定刻よりずれ込むことは容易に想像つくが、全員が乗っていないにも関わらず定刻よりも早く離陸するとは、まったくもって恐ろしい。

あらゆるインフラが整っている日本と同じようにはいかないのは百も承知だが、それだけではなさそうだ。時間に対する彼らの考え方は時として羨ましく、時として苛立ちを覚える。

車内から見える景色が次第に変わってきた。市街地に入ったのであろう。バスが停車し、多くの人が下車している様子から、きっとここで降りるのだろう。私もあとに倣ってみる。

下車するやいなや、本能が私に囁き始めた。

おかしい。

明らかに不穏な空気が漂っている。

すぐさま、視界に入ってきたマクドナルドに入店し、wifiに繋げようとするが、なかなか繋がらない。

試行錯誤すること約20分。

非常に遅いながらも、なんとかインターネットを見ることに成功し、付近で口コミの良い安宿を発見できた。あともう少しだ。

宿までは歩いて20分ほど。まだ日も完全に暮れてはいない。普段なら間違いなく歩いて向かうところだが、この不穏な空気から発せられるSOSをかき消すことはできず、珍しくタクシーを拾うことにした。

コスタリカは流しのタクシーでもメーター制を適用しているため、比較的安心と言われている。実際、運転手は感じの良い中年男性で、珍しく英語が話せることもあり、私の拙い英語でも会話が少し弾んだ。

と、タクシーが急停止した。

突然、我々の眼前に何かを大声で叫ぶ男が現れる。

内心ぎょっとしたが、運転手は至って平常の様子。

そう、これが当たり前なのである。

後日調べて分かったのだが、ここはコカコーラ地区という、レッドゾーン(いわゆる危険地帯)であった。麻薬のにおいが街中に充満し、麻薬中毒者が街を徘徊している、コスタリカ随一の治安の悪さで有名な地区だったのだ。

バスから降りた瞬間から感じていたあのSOSは間違いではなかったのである。

途中、麻薬中毒者の足止めは食らったものの、命に関わる実害はなく、無事に宿に到着。

こういった安宿には受付に人がいないなんてこともよくあるのだが、ここにはきちんと人がいた。こういった当たり前と思えることにもありがたさを感じる。さっそく2泊したい旨を伝えて、パスポートを提示する。

すると、突然、受付の人は悲鳴に近い声を上げる。

「日本人なの!?!?」

最初はその反応が何を意味するのか分からず、親日家か何かなのかと思った。

しかし、

「あなたは日本人じゃないよ!違う!親は何人?きっとハーフだ!ハーフに違いない!」

とまで言い出し始めた。

日焼けしすぎていたからなのか。一体どの国籍だと思ったのだろうか。

なぜか国籍を疑われるはめになったが、何はともあれ、これで寝床とシャワーにありつける。そして、ケツァールを見に行くという唯一にして最大の目的を達成するためには、情報収集も必要だ。鳥の住む山奥付近では電波がなくなってしまう危険性が高い。ゆえに、インターネットが比較的安定的に繋がる宿であらゆることを調べねばならない。

しかし、なかなかコスタリカでケツァールを個人で見に行ったというブログが見当たらない。それでもしばらく粘って探すと、マニアックながらも詳細を比較的丁寧に記載しているブログを見つけた。年数も1~2年前と、そう古くはない。

これを信じていくしかない。

後編へ続く)

たむ hosoyatamaki

COLUMN